福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)649号 判決 1971年11月30日
控訴人(反訴原告) 株式会社杉本電設工業
右代表者代表取締役 杉本康雄
右訴訟代理人弁護士 上野開治
被控訴人(反訴被告) 旧商号 鍋島家庭電気株式会社株式会社鍋島産業
右代表者代表取締役 高橋昭一
右訴訟代理人弁護士 大和重紀
主文
原判決を取消す。
被控訴人(反訴被告)の請求を棄却する。
控訴人(反訴原告)の反訴を却下する。
訴訟費用中、本訴につき生じた分は第一、二審とも被控訴人(反訴被告)の負担とし、反訴につき生じた分は控訴人(反訴原告)の負担とする。
事実
控訴人(反訴原告)代理人は、本訴につき「原判決を取り消す。被控訴人(反訴被告)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(反訴被告)の負担とする。」との判決を、反訴につき「被控訴人(反訴被告)は控訴人(反訴原告)に対し、金五〇〇万円と引換に、別紙第一目録記載の建物および同第四目録記載の土地につき、これが所有権移転登記手続をせよ。反訴訴訟費用は被控訴人(反訴被告)の負担とする。」との判決を各求め、
被控訴人(反訴被告)代理人は、本訴につき「控訴人(反訴原告)の本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人(反訴原告)の負担とする。」との判決を、反訴につき「反訴を却下する」との判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、被控訴人が別紙第一ないし第四目録記載の物件等に対し、被控訴人主張の如き抵当権を有していたところ、昭和四〇年四月一九日、福岡地方裁判所小倉支部に対し、右抵当物件につき競売の申立をなし、同日、同庁昭和四〇年(ケ)第八七号事件として競売開始決定を受けて、その競売手続を進められた結果、昭和四一年六月三日、被控訴人に対し右各物件につき競落許可決定がなされ、被控訴人において、同月二九日、その競落代金を納付してその各所有権を取得し、同年七月一日、右各物件につきその所有権取得登記を了したこと、ならびに控訴人が、被控訴人において右競落の結果取得した本件倉庫を昭和三八年四月一日以来占有していることは当事者間に争がない。
二、そこで、控訴人主張の売買の成否につき判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人が前記抵当物件を競落する前の昭和四一年五月下旬頃、控訴人から被控訴人に対し、本件倉庫およびその敷地である別紙第四目録記載の土地は、控訴人の営業上必要であるので、もし、被控訴人において競落した場合、これを金五〇〇万円で譲渡してほしい旨の申出があったこと、そこで被控訴人は当時前記抵当物件の最低競売価額が全部で金一、三〇〇万円弱であったので、もし右最低競売価額で前記抵当物件全部の競落ができるならば、競落後、控訴人申出の本件倉庫および土地を金五〇〇万円で控訴人に売却しても、その残余の物件を他に有利に処分すれば、被控訴人が訴外杉本商会に対して有していた債権の完全な回収ができるものと考え、控訴人に対し、前記抵当物件全部を、前記最低競売価額である金一、三〇〇万円までで競落ができたときには、控訴人の希望通り金五〇〇万円で本件倉庫およびその敷地部分である別紙第四目録の土地を控訴人に譲渡してもよい旨承諾したこと、しかし競売の結果は、競争者もあって、結局、最低競売価額を大きく上回る金一、九六一万円で競落したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
以上認定の事実からするとき、控訴人と被控訴人との間における本件倉庫およびその敷地である別紙第四目録記載の土地の売買は、被控訴人が前記抵当物件全部を金一、三〇〇万円(最低競売価額)で競落することを停止条件とした売買予約であったと認めるのが相当であるところ、被控訴人においては、抵当物件を金一、三〇〇万円で競落できず、金一、九六一万円で競落したものであることは前記のとおりであるので、結局、停止条件が成就せず、昭和四一年六月三日、その不成就が確定したものというべく、したがって、右停止条件付売買予約は、その条件不成就により無効に帰したものといわなければならない。よって、控訴人の抗弁(一)は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
三、つぎに、控訴人の賃借権の主張について判断する。
≪証拠省略≫によると、控訴人は昭和三八年四月一日、本件倉庫を、その所有者であった訴外杉本商会から、期限の定めなく、賃料一ヶ月金一万円(同三九年三月頃から金四万円に増額)の約で賃借し、即日、その引渡を受け、以来その賃借人として本件倉庫を占有していることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
そこで、右賃借権が本件倉庫の競落人である被控訴人に対抗できるか否かについて考えてみるに、≪証拠省略≫によると、右賃貸借は当該競売申立をなした抵当権者である被控訴人の根抵当権設定登記以前に締結され、即時その引渡を了したものであるけれども、本件倉庫等前記抵当物件には控訴人主張の賃貸借契約が締結されるより以前、すでに先順位の抵当権として、被控訴人主張の如き(イ)および(ロ)の二個の根抵当権が存在していたことが認められる。
しかして、競売法第二条第二項の規定によれば、同一不動産に数個の抵当権が設定されている場合、競売目的物件上の抵当権は競落により全部消滅するものであるから、二番抵当権者によって競売が開始されたときでも、一番抵当権設定当時の状態において競売に付せられることになり、その結果、競売申立にかかる抵当権に優先する地上権賃借権等の用益権でも一番抵当権設定登記後に生じたものは原則としてこれを競落人に主張し得ない関係になるが、ただ賃借権にあっては、民法第三九五条により、同法第六〇二条の期間を超えない短期賃貸借のみその競落人に対抗しうるに過ぎないことになるところ、本件賃貸借は、被控訴人主張の(イ)および(ロ)の根抵当権設定登記後に成立したものであるけれども、期限の定めのない賃貸借であるから、競落人において、いつでも借家法第一条の二により解約の申出をなして、これを消滅せしめることができることを考慮するとき、短期賃貸借として民法第三九五条により競落人にこれを対抗できるものと解する。(なお、右借家法第一条の二の適用に当っては、その賃貸借が抵当権設定登記後のものであることおよび民法第三九五条の規定の趣旨を考慮して適用判断されることになる。)
したがって、控訴人の本件賃借権が解約申出によって消滅したことについて、被控訴人において何ら主張も立証もしない本件においては、控訴人のこの点についての抗弁は理由がある。
もっとも、被控訴人は、控訴人の本件賃借権が民法第三九五条により競落人に対抗できるとしても期限の定めのない賃貸借は、民法六〇二条所定の三年の期限のものに該当し、三年の期限経過後は更新された賃貸借となり、本件は競売申立により差押の効力が生じた後の更新となって被控訴人に対抗できない旨主張するが、期限の定めのない賃貸借は名実共に期限の定めのないものであり、賃貸人(競落人)においていつでも借家法第一条の二の解約申入れによってこれを消滅せしめうる性質のものであって、被控訴人主張の如き更新の観念を入れる余地はないのである。したがって、被控訴人の右主張はその前提において失当であるので採用できない。
四、そうすると、控訴人の本件倉庫の占有が不法占有であることを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきである。
五、控訴人の反訴について
控訴人の反訴は、控訴審である当審においてはじめて提起されたものであるところ、右反訴の提起につき相手方である被控訴人においてこれを同意しないことは本件記録により明らかであるので、民事訴訟法第三八二条第一項により、控訴人の本件反訴は不適法として却下を免れない。
もっとも、控訴人は、反訴請求原因たる本件倉庫および別紙第四目録記載の土地等の売買のことは、原審において主張しているところであるし、当審においても抗弁として主張しているところであり、もし、控訴人の右抗弁が容認されれば、反訴請求も認容される関係にあるから、相手方である被控訴人の利益を侵害せず、訴訟経済上からも、反訴の提起につき相手方の同意を必要としない場合に該当する旨主張する。しかして、控訴審における反訴の提起につき、相手方の同意を必要と定めた趣旨は、相手方をして一審を経ない不利益を受けしめないことを慮ったものであるから、反訴請求原因が、本訴における第一審以来の争点と同一であって、その点につきすでに第一審の判断を経ているような場合には、相手方の同意なくして反訴の提起を認めても、相手方の第一審の判断を経ないことの不利益なすなわち審級の利益を奪うことにはならないので、このような場合に限り、反訴の提起につき相手方の同意を要しないものと解するところ、本件記録によると、成程、控訴人は、反訴請求原因たる本件倉庫等の売買による所有権取得の事実は当審において抗弁としてこれを主張しているけれども、一審においては、控訴人は被控訴人の本件倉庫ならびに別紙第四目録記載の土地(もっとも当審において第四目録記載の土地に関する訴は取下げられた)を控訴人が不法占有しているとの主張に対し、本件倉庫は賃借権に基き、また、右第四目録記載の土地は被控訴人の承諾を得て正当に占有している旨抗弁していたもので、反訴請求原因たる売買に関する主張は、単に右抗弁に附随する事情としてこれを述べていたに過ぎなかったこと、したがって、第一審である原判決においては、右売買に関する点についてはその事実摘示においても摘示されず、何らその判断を示していないことが明らかである。
そうすると、反訴請求原因に関する点につき何ら第一審の判断を経ていない本件反訴について、相手方である被控訴人の同意を要しないとすることは、民事訴訟法第三八二条第一項において与えられた相手方の審級の利益を奪うことになり許されないことである。このことは、単なる訴訟経済とはその次元を異にするものである。よって、控訴人の右主張は採用の限りではない。
六、以上のとおりであるので、本訴につき、当裁判所の判断とその結論を異にする原判決は失当であって、本件控訴は理由があるのでこれを取消すこととし、また控訴人の反訴は不適法であるのでこれを却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 弥富春吉 裁判官 原政俊 境野剛)
<以下省略>